LOGINしっかりしたように見えて兄もそこそこ天然な所があるから、ポロっと言わなくていい事を口に出してしまうのだ。悪い意味ではない事は分かるけど、そんな理由で変に距離は取って欲しくない。「こういう余計な事を言うのがお兄ちゃんの役目みたいなものなので、朝陽《あさひ》さんは気にしないでください」 こうやって笑い話にしてしまえば、兄と朝陽さんだってもっと話しやすくなるかもしれない。そして、それは正解だったようで……「は、それは鈴凪《すずな》も同じだろう? いっつも考えなしの言動で周りを振り回す、朝陽もそう思わないか?」「確かに、僕たちの出会いからしてもそうだった気がしますね」 私の考えていた事を朝陽さんは分かっていてくれていたのだろう。すぐに始まった兄の言い訳に、面白そうな話題を出して合わせてくれる。 ただ、その件については家族には黙っててほしかったんですけどね!「えっ、それは気になるわ。ぜひ二人の馴れ初めも聞かせてちょうだいよ!」「……ちょっ、朝陽さん!? これ以上、余計なことを家族に言うのはやめてくださいね!」 二人の出会いの話になった途端、母が身を乗り出し続きを聞きたがる。それはもう、少女のようにキラキラと目を輝かせながら。 すると朝陽さんはチラリとこちらを見て、私にだけ分かるように口角を上げてみせる。 ……ああ、これは嫌な予感しかしない。何とか誤魔化せないかと考えていると、父が助け舟を出してくれて。「ああ……そういえば、昼ごはんがまだだろう? 馴染みのお店があるんだ、神楽君と鈴凪も一緒に食事に行かないか?」 それは嬉しい。ちょうどお腹も空いてきたし、あのお店に行くのも久しぶりだから。すぐに「もちろん」と返事をしようとすると、朝陽さんが少し焦った様子で……「――あ、すみません。ちょっとだけ失礼します」 もしかして、何かあったのかな? 大したことでなければ、こんな大事な話の最中に席を立つような人じゃない。今朝の事も気になっていたので、無理をしてないか心配になる。 朝陽さんが離席したことで戸惑っている両親に、彼の立場上こういうことは仕方ないのだと説明した。「ごめんね、多分……仕事の電話だと思う、本当は無理をしてここに来る時間を作ったのだと思うし」「……ああ、そうだったのか」 納得したように父はそう言って、母や兄も同じように小さく頷いて理解
そんな|朝陽《あさひ》さんの言葉に感動していると、その様子を見ていた母がそれはもう楽しそうな笑みを浮かべている事に気がついたが手遅れだった。この人は子供の恋愛話や、惚気が大好物な事をすっかり忘れてしまっていたから。 それで私や兄は、恋人が出来るとどれだけ揶揄われたか……「……まあ、お父さん聞きました!? 若い恋人同士って、本当に素敵ねえ」「そ、そうだな」 こうなった母が止められない事を知っている父はつい彼女に同意してしまうが、この状況に焦っていることは顔を見れば分かる。真面目な話からの急な変化に朝陽さんがついていけるか心配ではあるが、まあ彼なら大丈夫だと思う事にする。 けれども、こうなる事を予測していたかのように兄が話に割って入ってきて。「あのさぁ、母さん。今は真面目な話の最中なんだから……」 そんな兄からの注意にも、母はケロッとした表情のままでこう話した。「そうやって堅苦しいことばかり言ってたら、余計に二人が緊張しちゃうでしょう? 私達だって上辺ではなく素顔の朝陽さんが知りたいのだから、こっちも普段の姿を見せるべきじゃないかしら」 母の言う事はもっともで、逆に緊張で畏まっていた自分達の方が自分らしくいれてなかった事に気付かされる。両親や兄の性格はちゃんと分かっていたはずなのに、朝陽さんをどう思われるかばかりを気にしてしまっていた。 恥ずかしい気持ちになり反省していると、父の方から気を使って話を進めてくれる。「ああ、お母さんの言うとおりだな。すまないね、以前のこともあり私も少し気を張りすぎてしまっていたようだ」「いえ。僕たちに真剣に向き合ってもらえてるのだと分かりますし、それだけ|鈴凪《すずな》さんが大事にされてるんだと感じるので」 元カレのことは本当に自分に見る目がなかったのだと後悔したけど、そのおかげでこうして朝陽さんと出会えた。|流《ながれ》や|鵜野宮《うのみや》さんからの嫌がらせからも何度も助けてくれて、それも話してなかったから父には余計に心配かけてしまったのかもしれない。 けれどもそれも私を思ってくれている両親の優しさだと、そう言ってくれる朝陽さん。「……そうか、ありがとう」「余計な心配だったのかもね、鈴凪も朝陽さんもちゃんとお互いを理解し合えてるみたいだし」 少しだけ部屋の雰囲気が柔らかくなるのを感じた、何となくだけ
客間には奥の席に父が座っていて、私たちが部屋に入ると複雑な表情を浮かべたまま立ち上がった。それが少し気になったけれど、なるべく笑顔でいつものような挨拶をする。「ただいま、お父さん。急な話で迷惑かけちゃって、ごめんね」「おかえり鈴凪《すずな》、めでたい話なんだから別に謝る必要はないだろう? それよりも早く紹介しなさい、お前の未来の旦那さんを」 緊張してるのは父も同じなようで、それ以外はいつも通りの優しい笑顔を向けてくれる。それにしても……未来の旦那さんて言い方は、何だか妙に照れるのだけど。朝陽《あさひ》さんもそれは同じなのか、私から顔を背けて視線を合わせようとはしない。 だからといって、ずっと父に紹介しないわけにはいかないので……「あ……この男性が、結婚したいと思ってる人で」「初めまして。鈴凪さんとお付き合いをさせて頂いています、神楽《かぐら》 朝陽です。今日は彼女との結婚の許可を頂きたく、ご挨拶に伺いました」 本当に何をやってもスマートに出来ちゃう人よね、朝陽さんだって結婚の挨拶は初めてでしょうに。仕事柄プレッシャーに強いのは分かるけれど、ガチガチになった彼も見てみたいなんて思っちゃったりもする。 そんな事を口にすればタダでは済まないから、もちろん心の中で留めておくけれど。「……まあ、二人とも座りなさい。お母さんがお茶を用意してくれてるから、ゆっくり話そうか」「はい、ありがとうございます」 父の隣にはお茶を持ってきた母が座り、二人に向かい合うように私と朝陽さんがソファーに腰を下ろす。兄は一人がけの椅子に座ったまま、黙って私たちを様子を見ていた。「しかし、ずいぶん急な話で。私もまだ戸惑っているんだ、二人ともすまないね」 父の言うことも当然だと思う、それくらい私たちの結婚話は突然だったし。もともと(仮)の結婚式の予定だったから、家族には黙って何も話してはいなかったのだもの。 だけど、今は違う。「……ねえ、お父さん。流《ながれ》との婚約破棄のすぐ後で驚かせちゃったと思うけれど、私たちはちゃんと考えてて」「いや、話には聞いていたんだが……仕事も責任ある立場だそうだし、神楽君は女性が放っておかない容姿をしているだろう? その、本当にうちの娘と結婚したいと信じていいのか不安もあったんだ」 話したい事は理解出来る、それくらい朝陽さんが魅力的な
「俺は先に家の中に入って父さん達に伝えてくる、お前たち二人は心の準備が出来てから上がって来ればいい」 「えっ……ありがとう、お兄ちゃん!」 自宅に着くとすぐ両親に挨拶するのかと思っていたが、兄が気を利かせてくれたので少しだけ気持ちを落ち着ける時間が取れた。朝陽《あさひ》さんも兄が迎えに来たことで緊張していたのか、今はホッとしている様にも見えて。 ……とは言っても、これからが本番なのでなおさら気を引き締めなくてはいけないのだけど。両親をあまり待たせるわけにもいかないので、私たちはもう一度だけ大きく深呼吸をすると気合いを入れて玄関のドアを開けた。 「おかえりなさい、鈴凪《すずな》。あなた達があんまり遅いから何度こっちからドアを開けようと思ったか、ふふふ」 どうやら待ちきれなくて扉の前でソワソワと待っていたらしい、母らしいと言えばそうなのだけど。かと思えば父の姿は全く見えないので、きっと奥の部屋で兄と待機しているのだろう。 そう考えると余計に緊張してくるが、まずはどう見てもワクワクしている母に朝陽さんを紹介しなくては。 「もう、そういうとこ変わらないんだから。でね……この人が電話でも話した私の恋人の神楽《かぐら》 朝陽さんよ、ちょっと信じられないかも知れないけれど」 「神楽 朝陽です。この度は突然の結婚報告とご挨拶になりましたが、どうぞよろしくお願いします」 少し背の低い母に目線を合わせてから丁寧な礼をして、もう一度しっかり顔を合わせて柔らかく微笑んでみせる。緊張なんて欠片も感じさせない挨拶をする彼は、やっぱりこういう場面にこそ強いのだろう。 母も最初は驚いたようだったが、彼の言葉に嬉しそうに頬を染めて…… 「まあ、本当にイケメンなのね! 鈴凪から聞いてはいたけど正直なところ半信半疑だったのよ、しかも仕事も出来て優しいスパダリなんだって……いくらなんでも冗談だと思うでしょう!?」 えっと、あの時の電話でそこまで言ったかな? と思ったが、ここでその発言を否定すれば後々面倒な事になりかねないので黙っている事にしようと思ったのだけど。真横からジトっとした目で朝陽さんに見られて、流石にちょっと恥ずかしくなった。 「お前さぁ、こういう時にハードルをバカ高くしてどうするんだよ?」 「……嘘はついてませんよ、朝陽さんはイケメンで有能なんですから
「……結構緊張するもんだな、結婚の挨拶ってのは。仕事柄、プレッシャーには強い方だと思っていたんだが」「仕事と両親との顔合わせは全然違うと思いますけど、まあそれも朝陽《あさひ》さんらしい考え方ですよね」 冗談じゃなく朝陽さんはかなり緊張しているようで、私の揶揄いにもいつものような反撃する余裕がないらしい。私の父は彼のお父さんのような厳格な人ではないし、母もかなりマイペースなのでいつも通りの朝陽さんで大丈夫だと思うのだけど。 でもそうやって緊張するほど真剣に、私の両親と向き合おうとしてくれてるのは嬉しい。 最寄りの駅まで着いて実家までは徒歩数分の距離だから、このまま二人で家まで歩いて行こうとすると何処からか私の名前を呼ぶ声がする。しかもその声には、とっても聞き覚えがあって……「鈴凪《すずな》! 鈴凪、俺だよ! ……ああ、良かった。迎えに来たのに、すれ違ったらどうしようかと」「え、お兄ちゃん? わざわざ迎えに来たの、家はすぐそこだっていうのに」 まさかこの人が駅に迎えに来るなんて思っていなくて、急な兄の登場に朝陽さんも戸惑っているかもしれない。そう思って隣に立つ彼を見上げると……「鈴凪さんのお兄さんですか? 初めまして、私は彼女と真剣にお付き合いをさせて頂いている神楽《かぐら》 朝陽といいます」「……ああ、初めまして。俺は鈴凪の兄、雨宮《あまみや》 響《ひびき》だ。親父たちも待ってる、家まで案内するからついて来てくれ」 さっきまで緊張しているとか言ってたはずなのに、爽やかな笑みを浮かべて挨拶をする朝陽さんはさすがだと思う。きっと女性ならイチコロの極上の笑みに胡散臭そうな視線を向けた兄は、名前だけの自己紹介をしてさっさと歩き出してしまった。 昔から兄は私には甘くて過保護だったから、すぐに歓迎してくれるとは思ってなかったけれど。思い出してみれば流との婚約が決まった時も、兄だけは最後まで納得してない顔をしてたっけ?「大丈夫ですよ、兄は私が男性を連れてくるといつも不機嫌になりますから」「……そうなのか?」 それが恋人ならともかく学生時代の友人でさえ、家につれて来ればあからさまに警戒していた暮らしなのだから。今日は結婚したい相手を連れてくると話していたから、朝陽さんには申し訳ないけれど兄のこの反応も仕方ないと思えた。 すぐに実家の玄関が見え、朝陽さん
「……あれ、おかしいな? 朝陽《あさひ》さん、さっきまでそこにいたはずなのに」 私の実家に挨拶に行く準備も出来たし、そろそろ駅に向かうためにマンションを出なくてはと思ったが肝心の朝陽さんの姿が見えなくなっている。確かに数分前までは、そこのソファーに座って書類の束と睨めっこしていたのだけど。 新幹線の出発時間ギリギリになるのは困るので、朝陽さんを探しにうろうろしていると彼の部屋から話し声が聞こえてきて。「ああ……そうだ、今日の……全部、お前たちに任せるから……いいか、しっかり頼んだぞ」「……あの、朝陽さん? そろそろ家を出ないと、予約した新幹線に間に合わなくなっちゃいますよ?」 盗み聞きするのも申し訳ないと思い、扉をノックしてそのまま声をかける。最近は部屋の中まで入ることが増えたけれど、今回は通話の邪魔にならないようドアは開けなかった。「ああ、そうだな。すぐに行くからタクシーを呼んで玄関で待っててくれるか?」「分かりました、そうしますね」 何かあったのだろうか、多分さっきの雰囲気から大事な話だった気がして。でも朝陽さんは私には聞かれたくなさそうだったから、すぐに部屋から離れたのだけど。 休日とはいえ朝陽さんに仕事のことなどで着信がある事は珍しくない、彼の立場上それは仕方のない事だから。でも今日に限って……という気持ちもあって何も言えなかったけど、彼は無理をしてないかと心配になる。 こういう時、自分が朝陽さんの力になったり手助け出来る事があまり無いので凄くもどかしいの。「すまない、少し待たせたな! とりあえず、急いで駅に向かおう」 数分してから朝陽さんがちょっと慌てたように玄関へとやって来たけど、何となく浮かない表情をしてる様に感じて。だから余計なお世話だと分かっているのに、つい聞いてしまったのだ。「あの、さっきの電話はもう大丈夫なんですか?」「ああ、それはもう全部部下に任せてる。今日は俺たちにとって大事な日だから、鈴凪《すずな》はそのことだけ考えていてくれればいい」 朝陽さんの仕事に私が口出しをする事は出来ないから、そう言われてしまうとこれ以上は何も聞けなくて。もちろん彼が信用している人達なのだから、きっと大丈夫なのでしょうけど。 その後の新幹線での移動中は朝陽さんはいつもと変わらない様子で、どうやら私の杞憂だったのかもしれない。それ